室町時代とは?何があったかを簡単にわかりやすく解説!【日本史初心者向け】

室町時代とは?何があったかを簡単にわかりやすく解説!【日本史初心者向け】 日本の歴史

室町時代は、鎌倉時代と戦国時代の間にあたる日本の歴史の重要な時代です。

足利尊氏が開いた室町幕府から始まり、応仁の乱をきっかけに戦国時代へと移っていきました。

この時代には、金閣寺や銀閣寺に代表される美しい文化が花開き、武士だけでなく町人や商人の文化も発展します。

本記事では、室町時代の始まりから終わりまでを、初心者にもわかりやすく解説します。

室町時代とはどんな時代?

本見出しでは室町時代の期間と基本像、創始者である足利尊氏の概要、そして鎌倉時代とのちがいを簡潔に整理します。

記述内容は日本語の公的辞典や歴史解説をWEB検索で確認し、2025年時点の記載と整合する範囲でまとめています。

室町時代の始まりと終わりの時期

室町時代は一般に1336年に始まり1573年に終わると説明されます。

1336年は建武政権が行き詰まり、足利尊氏が京都に政権の拠点を構えた年として区切られます。

一方で征夷大将軍の宣下を受けた1338年を成立年とする見解もあり、学習場面では1336年開始と1338年開始の両表記が並存する点を知っておくと安心です。

終期の1573年は織田信長が第15代将軍の足利義昭を京都から退去させ、室町幕府が事実上終わった年として広く用いられます。

室町幕府を開いた足利尊氏とは?

足利尊氏は鎌倉幕府末期から南北朝前期にかけて活躍した武将で、室町幕府の初代将軍です。

尊氏は当初は鎌倉幕府方の有力武士でしたが、倒幕の進展や建武の新政の混乱の中で主導権を握り、京都に幕府を開きました。

征夷大将軍への正式任命は1338年であり、その後の政治は将軍を補佐する管領や守護大名の勢力と結びつきながら進められました。

尊氏の時代には弟の直義との政争や南北朝の対立が続きましたが、室町幕府の枠組みはここで形づくられていきます。

鎌倉時代との違いを簡単に比較

鎌倉時代は鎌倉を拠点に、執権北条氏を中心とする合議体が機能し、将軍と御家人の御恩と奉公を軸に比較的まとまりのある武家政権が動きました。

これに対して室町時代は京都の室町を政治の中心とし、将軍のもとに守護大名が連合する形になり、政権運営は将軍と有力大名層の力関係に左右されやすくなりました。

統治機構は政所や侍所など鎌倉幕府を継承しつつ、将軍を補佐する管領の設置や各地の探題の配置などで中央と地方の結びつきを図りました。

このように、拠点は鎌倉から京都へ移り、政治構造は合議色の強い鎌倉に比べて有力大名の連合性が強い体制へと変わった点が大きな違いです。

室町時代に起こった主な出来事

本見出しでは南北朝の対立と統一、足利義満と金閣寺の造営、そして応仁の乱から戦国時代への流れを時系列で説明します。

南北朝時代の対立と統一

室町時代の前半には後醍醐天皇の建武政権崩壊後に南朝と北朝が並立し全国で対立が続きました。

この対立は1392年に足利義満が主導した和約によって終結し南北朝は統一されました。

明徳の和約は皇位継承の取り決めを含む講和であり室町幕府の政治的安定に大きく寄与しました。

足利義満と金閣寺の建設

足利義満は室町幕府の第3代将軍で南北朝統一の実現と権力基盤の強化を進めました。

義満は1397年に洛北の北山に別邸である北山殿の造営を開始し舎利殿として知られる「金閣」を設けました。

金閣を中心とする鹿苑寺はのちに禅寺となり京都文化の象徴として知られるようになりました。

応仁の乱と戦国時代へのきっかけ

1467年に京都で応仁の乱が勃発し戦いは1477年まで続きました。

将軍家の継嗣問題と畠山氏や斯波氏の家督争いが契機となり細川勝元の東軍と山名宗全の西軍に諸大名が分かれて長期戦となりました。

長期の内乱によって幕府の権威は低下し各地で戦国大名が台頭して戦国時代への移行が進みました。

室町時代の文化をわかりやすく紹介

この見出しでは、まず<北山文化>と<東山文化>という二つの時期に分けて文化の特徴を解説します。

次に、茶道・能・水墨画などの芸術面の発展を取り上げ、さらに庶民文化の広がりについても触れます。

北山文化と東山文化の違い

「北山文化」とは、主に14世紀末から15世紀前半にかけて、三代将軍の 足利義満 のもとで京都北山(現在の北山山荘)を拠点に華やかに栄えた文化を指します。

この時期には公家文化・武家文化・大陸文化が融合し、代表的な建築である 鹿苑寺(金閣寺)(“金閣”)が建てられました。

一方、「東山文化」は、主に15世紀中期以降、八代将軍の 足利義政 の時代に京都東山の山荘を中心に展開された文化です。

この文化は、禅宗の精神を受けた「侘び・さび」や「幽玄」といった美意識を重視し、建築・庭園・絵画・茶道などが洗練されました。

両者を比較すると、北山文化は“華やかで豪華”な装いが特徴であるのに対し、東山文化は“簡素で洗練された静けさ”が印象的です。

茶道・能・水墨画などの発展

この時代には、武家や公家・禅僧らの文化交流を背景として、現在日本の伝統文化とされる領域が次々と成立しました。例えば、能楽は北山文化期に 世阿弥 らが大成し、芸術性を高めました。

また、水墨画では禅僧が中国宋元時代の画法を取り入れた作品を残しており、静寂な墨の濃淡によって自然や精神世界を表現するという技法が広まりました。

さらに、茶の湯(茶道)はこの時代に「侘び茶」の萌芽が見られ、禅の精神と結びつきながら喫茶の遊びから芸術・教養へと進化しました。

庶民文化が広がった背景

室町時代には都市の発展や交通網の整備、貨幣経済の浸透によって、武士階級以外の商人や町人の生活も変化しました。

これに伴い、物語や連歌、絵巻、御伽草子などの文学・娯楽文化が庶民にも広く浸透しました。

特に東山文化期には、戦乱や内乱が続いた社会の中で「わび・さび」の美意識を含んだ簡素で深みのある文化が成熟し、日常生活の中でも「趣」「余韻」を重んじる価値観が広がったとされます。

室町時代の社会と暮らし

この見出しでは、まず農民・商人・武士それぞれの生活の特徴を述べ、次に都市の発展とその過程で登場した「座(ざ)」などの同業組合について紹介します。

農民・商人・武士の生活の特徴

この時代、農民は従来の年貢納入や荘園支配から、村落の自治機構である「惣(そう)」を形成して、領主に対し集団で交渉・抵抗する動きが強まりました。

また、商人・職人階級も台頭し、貨幣流通の拡大や民間流通の発展に伴ってその役割が拡大しました。例えば定期市の回数が増えるなど、商工業の活発化が見られます。

武士階級については、幕府や守護大名の下で従属するだけでなく、領地を自ら開発・拡大していく動きが出てきて、身分の流動性もかつてより高まっていました。

都市の発展と「座(ざ)」の登場

室町時代には、京都や堺などの都市が商工業の中心として発展し、その中で商人・手工業者が集まって同業組合として「座」が成立しました。

「座」は特定の商品や手工業を独占的に扱い、寺社・貴族から特権的な営業許可を得ることもありました。これにより都市商人の社会的地位が上昇しました。

こうした都市・商業の発展は、農村とは異なる立場の人々(町人・商人)が力を持ち始めた社会の変化を象徴しており、「民の時代」と呼ばれるゆえんともなっています。

室町時代の終わりとその後

この見出しでは、まず戦国時代への移行の流れを整理し、次に 室町幕府 が滅びた理由をわかりやすく解説します。

戦国時代への移行の流れ

室町時代の後半、特に1467年に起きた 応仁の乱 が全国的な乱を引き起こし、幕府の中枢が混乱したことが決定的な転機となりました。

その後、守護大名・国人・武士らがそれぞれに力を蓄え、将軍や幕府の統制から徐々に離れて自立する動きが進みました。

最終的に1573年、 足利義昭(室町幕府最後の将軍)が織田信長によって京都から追放されることで、幕府政権としての実効力が完全に失われました。

室町幕府が滅びた理由を簡単に解説

第一に、幕府は将軍の権威や財政基盤が弱く、守護大名など地域勢力の力を抑えることができませんでした。

第二に、応仁の乱をはじめとする内乱によって京を中心とした中央政権の統制力が大きく揺らぎ、「下剋上(げこくじょう)」と呼ばれる武力による支配替えの時代が本格化しました。

第三に、1573年の義昭追放によって、幕府が「国家を統括する機関」としての実地的な機能を失い、以降は諸大名が自らの領国支配を強化する戦国時代へと移行しました。

まとめ:室町時代を簡単に覚えるポイント

ここまで、室町時代の始まりから終わり、文化や社会の変化について見てきました。最後にテスト対策にも役立つ重要人物や出来事、キーワードを整理しておきましょう。

テストに出やすい重要人物と出来事

室町時代の人物で特に重要なのは、幕府を開いた足利尊氏、南北朝を統一した足利義満、東山文化を築いた足利義政の三人です。

尊氏は建武の新政後の混乱を収め幕府を開き、義満は金閣寺を建てて政治と文化の黄金期を築き、義政は応仁の乱の時代に銀閣寺を造営し「わび・さび」の文化を発展させました。

出来事では、南北朝の合一(1392年)、金閣寺の建立(1397年)、応仁の乱(1467年〜1477年)、そして室町幕府の滅亡(1573年)が特に頻出です。

これらの流れを年号とともに押さえておくと、時代の動きを整理しやすくなります。

室町時代のキーワードを整理

政治面では「室町幕府」「将軍」「守護大名」「管領」。

文化面では「北山文化」「東山文化」「金閣」「銀閣」「水墨画」「能」「茶道」が重要です。

社会面では「惣」「座」「下剋上」「民衆の自立」などの語がキーワードとなります。

室町時代は、鎌倉時代の武家政権を引き継ぎながらも、京都を中心に公家・武士・町人の文化が融合していった時代でした。

政治的には不安定でしたが、文化的には日本的美意識が成熟した時期であり、その後の戦国・安土桃山文化へとつながっていきます。

この記事を通して、室町時代の全体像を「政治の変化」「文化の発展」「社会の多様化」という三つの視点で整理すると、より理解が深まります。

特に中学・高校の日本史では、応仁の乱と文化の二大テーマを軸に学ぶと効果的です。

出典情報:コトバンク「足利尊氏」「足利義満」「応仁の乱」Wikipedia「室町幕府」「足利尊氏」「足利義満」臨済宗相国寺派 公式「金閣寺(鹿苑寺)」京都府公式サイト「世界遺産(世界文化遺産) 鹿苑寺(金閣寺)」

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